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大阪高等裁判所 昭和51年(行コ)46号 判決

控訴人 中原奄石こと洪岩又

被控訴人 西淀川税務署長 ほか一名

訴訟代理人 大亦増夫 坂本由起子 ほか四名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人西淀川税務署長が昭和四七年二月一八日にした控訴人の昭和四三年、昭和四四年および昭和四五年の各年分の所得金額およびそれに対する各所得税についての更正処分のうち、原判決別表(一)の申告額欄記載の各所得金額を超える部分をいずれも取消す。被控訴人国税不服審判所長が昭和四九年四月二五日にした右更正処分の審査請求に対する裁決はこれを取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは、主文同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張および証拠の関係は、次のとおり付加するほかは原判決事実摘示と同一であるのでこれを引用する。

(控訴人の主張)

1  本件更正処分における被控訴人西淀川税務署長(被控訴人署長という)による控訴人の所得の認定において、その銀行預金口座の入金額を合算したものが収入と推計されているが、控訴人は、当時当該銀行の営業政策上の要請に応じて、預金を一の口座から他の口座へ転々と出し入れしていたものであつて、そのため右収入の推計は、右預金が重複して計上された点において過大となつている。

2  また控訴人が被控訴人国税不服審判所長(被控訴人所長という)に対する書類閲覧請求をなした当時同被控訴人のもとには本件更正処分を根拠づける所得調査書等の書類が存在したのであるから、同被控訴人としては、そのうち第三者の利益や税務行政上の機密に関しない部分はもとより、それらに関する部分についても、当該第三者の承諾の有無を確認し、かつ機密保持により保護されるべき実質的価値を具体的に検討のうえ、適正な範囲でこれを閲覧に供すべきであつたのに、これをしなかつたのは違法である。

(被控訴人署長の主張)

控訴人の前示1の付加主張は、故意または重大な過失による時機に遅れた攻撃防禦方法であり、かつ訴訟の完結を遅延させるものであるから却下されるべきである。

仮に右主張が認められないとしても、控訴人の右の付加主張の事実はすべて否認する。すなわち本件更正処分における控訴人の所得の認定にあたり、その銀行預金口座の入金額のうち、控訴人主張の重複分は収入に計上していないから、その収入の推計は適正である。

(被控訴人所長の主張)

控訴人の前示2の付加主張のうち、被控訴人所長が所得調査書を閲覧させなかつたことは認める。しかしそれは、右書面に第三者の営業内容や行政上の秘密に関する事項が記載されていたためであり、なお被控訴人所長は、右書面の閲覧に代えて、それと同視し得る内容を持つ本件更正処分の理由となつた事実を記載した所得調査書等要約書を作成のうえ、これを控訴人の閲覧に供したから、これをもつてその閲覧請求に応じたものとみなされるべきである。

(証拠関係)〈省略〉

理由

一  当事者双方の主張に対する当裁判所の判断は、被控訴人署長の本件更正処分における所得の認定の適否に関する原判決理由第二項の部分につき次の(一)のとおり付加し、また控訴人の書類閲覧請求に対する被控訴人所長の措置の適否に関する右理由第三項の部分を次の(二)のとおり改めるほかは、右理由に説示されたところと同一であるのでこれを引用する。

(一)  控訴人は、本件更正処分における被控訴人署長による所得の認定において、収入と推計された預金のうちには単に他の預金口座から預金を移し替えたにすぎないものが含まれているので、その分が重複して収入に計上されている旨を主張するところ、この主張は控訴人がすでに提出していた所得の過大認定の主張を多少具体化してその過大認定に該る事情を指摘したものであり、かつすでに取調べた証拠によりその当否を判断することも可能であるとみられるから、これをもつて訴訟の完結を遅延させる新たな主張であるとは解せられないけれども、しかし右収入の推計において控訴人主張のごとき重複計上があつたことを疑わしめる証拠はなく、右に引用した原判決理由第二項記載のとおり右推計は適正になされたと認められるので、控訴人の右主張は採用の限りではない。

(二)  また控訴人は、その書類閲覧請求に対して、被控訴人所長が所得調査書等の書類を閲覧させなかつたから、その裁決手続が違法であると主張するところ、その主張にかかる書類のうち、控訴人の所得に関する税務調査の結果を記載した所得調査書が原処分庁たる被控訴人署長から裁決庁たる同所長のもとに提出されたことは弁論の全趣旨から明らかであり、また同被控訴人がその書類を控訴人に閲覧させなかつたことは当事者間に争いがない。しかして〈証拠省略〉によると、前記所得調査書の内容には第三者の利益を害するおそれのある部分(控訴人の所得を推計するためになされた同業者の営業内容の調査結果に関する事項)や税務行政の機密に触れる部分(税務調査技術に関する事項)が含まれていたこと、そこで被控訴人所長は、それらの部分を除外し、他の部分を抽出要約した所得調査書等要約書を作成のうえ、これを控訴人に閲覧させたこと、そして右要約書には、少なくとも控訴人が裁決手続において有効な反論や反証を提出するにつき支障のない程度に、本件更正処分の理由が特定され、かつ具体的に記載されていたことがそれぞれ認められ、しかも右のように原処分庁から提出された書類に第三者の利益を害するおそれがあり、また閲覧請求を拒否すべき正当な理由のある部分が含まれている場合において、裁決庁がその余の部分の閲覧に代えて、右のような要約書を作成してこれを閲覧させたとしても、審査請求人の防禦権は実質的に保障されるものと解されるので、右のような裁決庁たる被控訴人所長の措置をもつて、本件裁決の違法をきたす手続上の瑕疵とはいえないし、ほかにも同被控訴人について、控訴人の書類閲覧請求に対し違法な閲覧拒否のあつたことを窺わせる証拠はないので、控訴人のこの点の主張もやはり採用の限りではない。

二  なお控訴人は、その申請した期日変更が容れられず口頭弁論を終結されたことに不満の意を表したうえ、控訴人本人の尋問のため弁論再開の申立をなすが、訴訟が判決をなすに熟するときは、直ちに口頭弁論を終結すべきものであるところ、一件記録によれば、控訴人は、昭和五〇年一月二〇日以来七回の口頭弁論期日が開かれた第一審において、何らの証拠も提出せず、当審の昭和五三年八月三一日に開かれた第九回口頭弁論期日(ただし実質的には、第三回目の口頭弁論期日)において、はじめて右本人尋問の申請をなしたものであることが認められ、かかる証拠の申請は、故意または重大な過失により時機に遅れて提出された訴訟の完結を遅延させる攻撃防禦方法というべきであるから、もとより不適法として却下を免れず、そのためもはや人証の取調ができない本訴訟は右期日当時すでに判決をなすに熟していたものと言えるから、控訴人申請の人証を採用するために口頭弁論を再開するのは相当でなく、ほかに弁論を再開すべき必要も認められない。

三  以上によれば、控訴人の本訴請求はいずれも理由がなく、これを棄却した原判決は相当であるので、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法三八四条、九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山田義康 潮久郎 藤井一男)

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